2019/06/13 10:32
「ストラバイト」という言葉が使われだしたのはヨーロッパのことで、サケ缶やカニ缶内の異物が「ストラバイト」と呼ばれていました。
昔、ヨーロッパでサケ缶やカニ缶の中に、噛むとジャリジャリする砂粒のような異物が出てきて問題になったことがあります。
それらの缶詰は、フランス革命で領主の座を追われた貴族の一人とされるvon Sturivite氏の経営する缶詰工場で製造されたものなので、製造者の名にちなみ缶詰内の異物がSTRUVITEと呼ばれました。
いっぽう缶詰とは別に、欧米の飼い犬や飼い猫の尿にも粒々の異物が出て尿閉などの障害を起すことが知られ、その原因異物を欧米の獣医業界は缶詰用語を真似てSTRUVITEと呼びました。
しかし、室内で犬を飼う習慣のなかった日本では欧米で流行しているSTRUVITEの障害発生例がなかったため、東京オリンピック(1964)前の私が獣医学生だった頃、獣医師向け診療手引書にも学生向け教科書にも「ストラバイト」は記載されていませんでした。
それ故、私を含めて当時の獣医師の多くがSTRUVITEなんて聞いたことがなかったし、たとえ聞いたとしても日本には無関係で火の粉が降りかからない対岸の火事を眺めるように無関心でした。
ところが、日本でも2~,30年ほど前から様子が変わり、室内で犬を飼うことや、一生を室内で飼う猫の飼い主さんが増えてきました。
そんな時流の変化にともない、日本の犬猫でも尿に粒々の異物が出るようになったのです。
日本の犬猫の尿に出た粒々の異物が膀胱や尿道の粘膜を傷つけて血尿になったり、あるいは尿道閉鎖による尿毒症で急死させたりする新しい疾病が頻繁に起こるようになり、遅ればせながら日本の獣医業界でも、欧米の獣医業界に従って新病STRUVITEに注目せざるを得なくなりました。
ところで、缶詰のストラバイトと動物の尿のストラバイトとが同じものであると、日本獣医学会で公認されているのかどうか私は知りません。
もしかしたら、目に見える大きさの粒状異物の形が似ているというだけなのかもしれません。
でも、私は水産百科事典の記述を頼り、缶詰ストラバイト=尿ストラバイトと考えたいと思います。
何故なら、缶内のpH環境がアルカリ性になると、缶に入れたサケの骨やカニの貝殻からリン酸とアンモニウムとマグネシウムが溶け出し、化学的に結合しての目に見えない微細な結晶を形成するのと同様、犬や猫の場合も、骨組織から溶け出したリン酸とアンモニウムとマグネシウムが腎臓を経てアルカリ性の尿になり、膀胱内で骨成分が結合してMgNH4PO4・6H2O(リン酸アンモニウムマグネシウム塩)の微細な結晶を形成します。さらに、両者とも缶詰内と膀胱内で肉眼可視大の大きな結晶に発達するからです。
缶詰業界でも獣医業界でも、目に見えない微細な結晶とそれが大きくなってキラキラ光って見える肉眼可視大の結晶を「ストラバイト」と呼んでいますが、ヒトの医療分野では、アルカリ性の尿に出てくる顕微鏡でなければ見えない微細なリン酸アンモニウムマグネシウム塩の結晶を三重燐酸結晶(Triple phosphate crystal)と呼び、ストラバイトという医学用語は医学辞典に載っていません。
また、どうしてだか原因不明ですが、肉眼可視大の結晶による尿閉や尿毒症になる患者もいないようです。当然、大きな結晶の周囲にカルシウムが沈着する尿石もありません。
「缶詰業界も獣医業界も顕微鏡でなければ見えない微細な結晶をストラバイトと呼ん
でいるのですが、犬や猫に有害なのは尿道を詰まらせて尿閉や尿毒症の原因となる大
きな結晶なのだから、獣医業界では無害な微細結晶を三重燐酸結晶と呼び、大きく
なって有害な結晶だけをストラバイトと呼んで区別したほうが飼い主様たちに親切だ
ろうと思われます。
無害な三重燐酸結晶をストラバイトと呼んでいるから、さも恐ろしいものであるかの
ような間違った印象を飼い主様に与えかねず、それに乗じて必要のない輸入〇〇など
の処方食や薬品を飼い主様に買わせるのは感心できません。」
何故、ヒトにはストラバイトが出ないのか?
そのメカニズムが解明されれば、犬・猫のストラバイト解決のヒントになると思われますが、幸いにも既に缶詰業界でストラバイト対策を発明してくれていました。
すなわち、先達の缶詰業界では、上掲水産百科事典に記述されているとおり、L-グルタミン酸などの酸類を添加し、缶内のpH環境を酸性にすればストラバイトが出ないことを見つけてくれています。
この発明により、缶詰業界ではストラバイト問題が解決され、今ではストラバイトという業界用語が過去のものとなり、誰にも使われない「死語」になっています。
次は、われわれ獣医業界の番です。犬や猫を苦しめるストラバイトを解決して死語にするにはどうしたら良いか?
答えは明瞭。缶詰内を酸性にしたのと同じように、動物の膀胱内の尿を酸性にすれば良いはずです。
そのための最善の方法は運動励行です。運動によって体内に生じる乳酸が腎臓を経て膀胱内に入り、確実に尿のpHを弱酸性~酸性にするので、すみやかにストラバイトが溶けて消えます。